広大な世界を自由に歩き、自分の判断で目的地を探す。現代では「オープンワールド」と呼ばれるこの体験の精神的な源流は、1986年2月21日に発売された初代『ゼルダの伝説』に、すでに形作られていました。
ゲームを始めると、主人公リンクはフィールドの中央に立っています。目的地を示す案内も、操作を教えるチュートリアルもありません。目の前にある洞窟へ入り、老人から剣を受け取ることさえ、プレイヤー自身が気づかなければならないのです。
一見すると不親切にも思える設計ですが、その根底にあるのは「教えられるのではなく、自分で発見する楽しさ」です。ここでは、初代『ゼルダの伝説』が発売から40年を迎えても色あせない理由を、7つのエピソードから振り返ります。
1.メインテーマは著作権の問題から生まれた「一夜の奇跡」
現在ではゲーム音楽を代表する存在となった『ゼルダの伝説』のメインテーマ。しかし、この曲は当初から用意されていたものではありませんでした。
開発段階では、タイトル画面にモーリス・ラヴェルの『ボレロ』を使用する予定だったとされています。ところが、開発完了が近づいた1985年末、日本国内では『ボレロ』の著作権保護期間がまだ残っていることが判明しました。
ディスクシステムの発売日はすでに決まっており、予定を大きく変更する余裕はありません。その状況で作曲家の近藤浩治氏は、わずか一晩で新しいメインテーマを書き上げました。
宮本茂氏は、この曲について次のように評しています。
「マカロニ・ウエスタンのような哀愁が凝縮されつつも、勇ましい感じがするので、これから冒険を始めようとする曲にはふさわしい」
避けられない制約の中から、シリーズを象徴する音楽が誕生したのです。
2.「リンク」という名前には初期のSF構想が残されている
剣と魔法の世界を旅する主人公リンク。その名前には、開発初期に検討されていたSF的な設定の名残があります。
初期構想では、物語に過去と未来を行き来するタイムトラベルの要素が含まれていました。主人公が二つの時代をつなぐ役割を担うことから、接続や結び付きを意味する「Link」と名付けられたのです。
その後、SF的な構想は作品から削ぎ落とされましたが、リンクという名前は残りました。結果として、彼は異なる時代だけでなく、プレイヤーとゲームの世界をつなぐ存在にもなっています。
ヒロインが「ゼルダ」と名付けられた理由
ゼルダという名前は、アメリカの小説家F・スコット・フィッツジェラルドの妻、ゼルダ・フィッツジェラルドに由来します。
当時のPRプランナーから名前を提案された宮本氏は、その神秘的な響きを気に入りました。そして「永遠に美しい女性や姫」を象徴する名前として、ヒロインにゼルダと名付けたのです。
3.日本版と海外版ではゲームから聴こえる音が異なる
初代『ゼルダの伝説』は、日本のディスクシステム版と海外のNES版で、音の印象が異なります。その理由は、使用されているハードウェアの違いにあります。
ディスクシステムのRAMアダプタには、ファミコンの標準音源に加えて、1音分の波形メモリ音源が搭載されていました。この拡張音源によって、ビブラートを含んだ重厚な音色を表現できたのです。
一方、1987年に発売された海外版や、1994年に日本で発売された1メガビットのロムカセット版では、この拡張音源を使用できませんでした。
オープニングで鳴る鐘のような音や、BGM全体の独特な質感は、ディスクシステム版ならではの特徴です。同じゲームでありながら、遊ぶ地域や機種によって異なる聴覚体験が生まれていました。
4.ファミコンのマイクが魔物を倒す武器になった
日本版のファミコンには、コントローラーIIにマイクが搭載されていました。初代『ゼルダの伝説』では、この機能が魔物を倒すための仕掛けとして利用されています。
対象となるのは、大きな耳を持つ魔物「ポルスボイス」です。ポルスボイスはHPが10と高く、剣だけで倒すのは簡単ではありません。しかし、コントローラーIIのマイクに向かって声を出すと、一撃で倒すことができます。
マイク機能が搭載されていない海外版NESでは、同じ攻略法を使えません。そのため、海外版ではポルスボイスの弱点が「矢」に変更されました。
ハードウェアの違いに合わせて攻略方法まで変更されたことで、日本と海外では異なる攻略文化が生まれたのです。
5.未開封の最初期版が約9,600万円で落札された
2021年7月、北米のオークションに出品された未開封の『ゼルダの伝説』が、87万ドル、日本円で約9,600万円という価格で落札されました。
高額になった理由は、単に未開封だったからではありません。出品されたのは、1987年後半のわずかな期間だけ生産された最初期ロットでした。
後のパッケージに見られる「REV-A」という改訂表記がないことから、流通数の少ない希少なバージョンとして評価されたのです。
ただし、この記録は長く続きませんでした。わずか2日後には、未開封の『スーパーマリオ64』が156万ドル、約1億7,200万円で落札され、記録が更新されています。
こうした高額落札は、ビデオゲームが遊ぶための商品であるだけでなく、保存や収集の対象となる文化的資料としても扱われ始めたことを示しています。
6.「裏ゼルダ」は余ったメモリから生まれた
初代『ゼルダの伝説』には、ゲームを一度クリアした後に遊べる高難易度モード、通称「裏ゼルダ」が収録されています。
このモードは、当初から計画されていたわけではありません。開発中、手塚卓志氏がダンジョンのデータを作成したところ、予定していたデータ領域の半分ほどが余ることが分かりました。
当時のゲーム開発では、限られた容量を無駄にする余裕はありません。宮本氏は余った領域を新しい遊びに活用することを決め、ダンジョンの配置や難易度を変更した、もう一つの冒険を制作させました。
ダンジョンに隠された「ZELDA」の文字
裏ゼルダでは、Level 1からLevel 5までのダンジョン形状を並べると、「Z・E・L・D・A」の文字になります。限られた容量の中にも、開発者の遊び心が盛り込まれていました。
また、敵からルピーを受け取る場面で表示される「ミンナニ ナイショダヨ」という言葉も、シリーズを象徴するセリフの一つです。仲間を裏切って秘密の取引をするという意味を含みながら、プレイヤーに強い印象を残しました。
7.原点は宮本茂氏が体験した京都の洞窟探検
『ゼルダの伝説』に流れる探索の精神は、宮本茂氏が幼少期に体験した洞窟探検から生まれたとされています。
京都府園部町で育った宮本氏は、周囲の山や森を歩き、見知らぬ場所を探検していました。その中でも重要な原体験となったのが、ランプを一つだけ持って洞窟へ入ったときの記憶です。
暗闇の先に何があるのか分からない怖さと、それでも先へ進みたくなる好奇心。初代『ゼルダの伝説』で、プレイヤーが詳しい説明を与えられずに広い世界へ放り出されるのは、この感覚を再現するためでした。
便利な案内に従うのではなく、自分で道を選び、隠されたものを見つける。そこで得られる発見の喜びが、シリーズ全体を支える設計思想になっています。
初代『ゼルダの伝説』が40年経っても色あせない理由
一晩で書き上げられたメインテーマ、初期のSF構想から残された主人公の名前、ハードウェアの違いを生かした仕掛け、そして余ったメモリから誕生した裏ゼルダ。初代『ゼルダの伝説』の歴史には、さまざまな制約を遊びへ変える工夫が詰まっています。
本作がプレイヤーに求めたのは、用意された案内に従うことではありません。自分の足で歩き、目の前の風景を観察し、試行錯誤しながら答えを見つけることでした。
ゲームが親切で便利になった現在でも、この「自分で発見する喜び」が失われたわけではありません。初代『ゼルダの伝説』のハイラルには、未知の場所へ踏み出したくなる好奇心が、今も変わらず息づいています。
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